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読者レポート

日本人と発酵食品

読者委員 成家 鉄夫(なりや てつお)

 世界に類を見ないほど多くの種類と量の発酵食品をつくってきた日本人。顕微鏡や温度計のない時代から製造法を確立し、家庭での手作りを中心に今日まで受け継がれてきました。私自身、今もヨーグルトやぬか漬けをはじめ、様々な発酵食品を手作りしています。
 最近は、発酵食品による健康効果も注目を浴びています。発酵食品の良さとその将来を考えたいと思い、東京農業大学醸造科学科の前橋健二教授にお話を伺いました。

  • 質問者 … 成家委員
  • 回答者 … 前橋教授

日本の発酵食品の特徴

質問者 発酵とは何でしょうか?

回答者 発酵とは微生物(菌)の活動によって、物質が変化することです。発酵と腐敗は微生物による同じ現象で、言葉を分けているだけです。食べておいしいものが発酵です。
 酢は腐敗に近いのですが、製造方法を管理し、おいしく、良い香りを生み出しているので、発酵食品です。

発酵に関わる微生物 (カビ)こうじ菌、チーズに使うアオカビなど (酵母)清酒酵母、パン酵母、しょうゆ酵母など (細菌)乳酸菌、納豆菌、酢酸菌など

質問者 日本の発酵食品の特徴とは何でしょうか?

回答者 一つには、こうじ菌(学名=アスペルギルス・オリゼー)を使い回し、多様な発酵食品を作り出している点。米にこうじ菌を生やしたものを米こうじといいますが、日本の発酵食品製造に、米こうじは欠かせません。こうじは元々中国から渡ってきたものですが、渡来時は麦こうじでした。漢字で「麹」と書きます。そのこうじを日本人は、米中心に活用してきました。
 もう一つの特徴は、発酵食品に調味料が多いことです。うま味の強い動物性食品を食べる食文化があまりなく、油を使い、香辛料で味付けをする調理ではなかったなどの影響で、おいしくする手段が発酵だったのです。質素な料理を発酵調味料で豊かにする…それが今の和食につながっていると思います。

発酵食品における日本と海外の違い

質問者 日本では発酵といえば、こうじ菌が一番知られていますが、ヨーロッパでは乳酸菌ですか?

回答者 ヨーロッパの酪農国ではいろいろな乳酸菌の種を使って乳発酵食品を作っています。

質問者 納豆は腐敗だと言う人がいるように個人でも、また国によっても発酵食品の扱いは様々ですね。

回答者 海外ではしょうゆを臭いと言う人もいますが、日本では違います。日本人には匂いのきついチーズも現地の人はおいしいと言って食べますよね。日本は魚食が多いから、いわゆるアンモニア臭、魚臭さにも慣れているといった例はよく見られます。匂いは食経験、味は本能なのです。

こうじ菌の不思議

質問者 こうじ菌に関して、人に有用なものを選別してきた、いわば家畜化してきたといった話を聞いたことがあります。顕微鏡もない時代に、どうやって遺伝子レベルで、こうじ菌の改良ができたのでしょうか?

回答者 たまたま見つけた菌を大事に受け継いで育ててきたからでしょう。生物学的には同じでも、自然界にいるこうじ菌とは違うものです。長い時間をかけて人に有用なものだけが淘汰され、今も大事に使われています。

質問者 日本酒にもこうじ菌や酵母が使われますが、これら微生物が20%位の高いアルコール度数でも生育できるのはなぜですか?

回答者 日本酒はこうじ菌が作り出す酵素が、原料の米のでんぷんを糖に分解し、酵母が糖をアルコールにすることで出来上がります。高いアルコール度数でも生きられる酵母をたまたま見つけて、それを大事に管理して使っています。
 また、一度に多量の糖ができたのでは酵母は発酵しきれませんが、酒造りの場合は、米を三回に分けて小出しに糖分を供給しながら酵母に発酵させ、アルコール20%になります。こうした細かい技は日本人ならではだと思います。

発酵食品が体に良い理由と塩分について

質問者 発酵食品は、なぜ体に良いものが多いのですか?

回答者 天然のものは体に良いはずなのです。医食同源という通り、「健康は食事から」で、薬は病気など非常時だけに使うべきです。微生物の働きで様々な物質が生まれ、その有用性が最大限となっている発酵食品を食することで、文句なく医食同源になるわけです。
 この世の生き物は自らに有用な物質を自ら作っており、他の生物はそれを食べる事によって体内に取り込んでいます。発酵食品は微生物の力を借りて有用性を最大限高めており、それを私たちが頂くというわけです。

質問者 発酵食品による塩分の摂り過ぎについてはどうお考えですか?

回答者 塩分については摂取総量の問題です。塩分を気にして味噌汁を薄めるよりも、美味しい塩分濃度を保ち、飲む量を半分にすればいいのではないでしょうか。
 味噌の発酵に適した塩分濃度は通常10%で、それ以下では、安全に発酵させることができません。しかし、減塩ブームで、塩分低濃度の発酵食品を作らなければならないのは難しいところです。
 実は、発酵食品の中には血圧上昇を抑える物質も入っています。やはり総量でしょうね。

発酵食品の今後

質問者 私の子供時代、我が家では、自家製のぬか漬けが食卓に並び、甘酒も豆炭こたつで発酵させて作っていました。当時はおそらく、多くの家庭がそのようだったと思うのですが、約40年で食卓風景は様変わりしました。昔を知っているだけに複雑です。自家製に限らず、発酵食品の現状をどう思われますか?

回答者 地方のこうじメーカーも発酵食品が消えてしまうのではという危機感から、塩こうじを復活させています。それらをきっかけに、こうじを始め、甘酒や味噌などの発酵食品に再び注目が集まっています。

質問者 発酵食品は復活しますか?

回答者 すでに復活しています。皆、このまま消してはいけないと気づき始めています。戦後、化学調味料に惹かれ、海外の食事に憧れた時代も終わり、昔の日本の食事を思い出す時代が始まっています。新しい技術により、新しい発酵食品が生まれることもあるでしょう。
 おいしさと健康は密接な関係があり、自然のおいしさを感じることは健康であるシグナルなのです。おいしくすれば、より健康になると考えます。食品をどう発酵させれば、よりおいしくなるのかを知りたいです。

― インタビューを終えて

 自然界に生きるもの全ては自分・子孫のために体に良いものを自ら生成し、人はそれを頂いていることを再認識しました。食事と発酵食品の手作りによる「菌活」を今後も続けていきます。

(成家)