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契約トラブルにあわないために 〜高校生に伝えたいこと〜

東京経済大学 教授・弁護士 村 千鶴子

1.はじめに

民法改正により、2022年4月より成年年齢が18歳に引き下げられることになりました。多くの若者の場合、高校3年生の誕生日を迎えると、社会的な知識も経験もないままに成年者になってしまいます。そのため、10代の若者の消費者被害拡大が懸念されています。被害拡大を防ぐためには、契約相手や契約内容を見極め、自分のニーズにあった適切な選択行動ができるようになる必要があります。高校3年生になる前に、@基礎的な契約に関する法的知識と、A実践的な知識(契約トラブルの実情、被害回避のポイント、トラブルに遭遇した場合の対処法)を身に付けておくことがとても重要です。

2.消費者教育DVDの事例紹介

東京都では、高校生用の消費者教育DVDを作成しました。近年、若者に多発している典型的な契約トラブル事例を3つ取り上げ、手口を紹介しています。どのような原因で被害にあうのか、被害を回避するにはどうすればよかったかを学べる構成となっています。

事例1
私、モデルになっちゃうかも?
〜SNSをきっかけとした契約トラブル〜

SNSをきっかけとした契約トラブルに関するイメージ画像
ストーリー

自撮り写真をアップしていたメグミ(大学生)のSNSに、芸能事務所から新人モデルのオーディション案内が送られてきた。興味をもったメグミが、オーディションに申し込むと第一次審査に合格。後日呼び出された最終オーディションにも合格。これでモデルの仲間入りと思っていたところ、芸能事務所の社長から「磨けば磨くほど光る素材だ」とおだてられ、その場でレッスン受講契約をしてしまう。ところが、レッスンは期待していたような内容ではなく、契約を後悔したメグミは解約したいと伝えるのだが・・・・。

【被害防止のポイント】

信用できる相手か調べよう!

事例では、SNSに送られてきた見知らぬ芸能事務所からのコメントに、何の警戒心も持たず、安易に連絡を取ったことからトラブルに巻き込まれます。SNSを悪用する事業者もいるので、見知らぬ相手とは安易に連絡を取らないこと、信頼できる相手かよく考えることが大切です。

あれっ?と思ったらきっぱり断ろう!

事例では、オーディション合格後に、初めてレッスン受講契約が必要なことを知らされますが、事業者の言葉にのせられ、その場で契約して代金も支払ってしまいます。不意打ちで契約の勧誘をされた場合には、「契約しません」とはっきり断り帰る勇気が必要です。

一人で抱えず、誰かに話そう!

事例では、事業者に「内緒でデビューした方が良い」と言われたため、誰にも相談しません。気が付けば、クーリング・オフの期間が過ぎてしまいます。誰かに相談することで「気付き」が生まれ、トラブル解決につながることがあります。

◆契約は慎重にすることが重要◆

「後でクーリング・オフすればいいから契約しちゃえ」という考え方は大変危険です。クーリング・オフができるのは、特別な法律で定められた取引だけですし、たとえクーリング・オフをしても、すべての事業者が全額を返還してくるとは限りません。悪質事業者の場合は、短期間で会社を解散したり、行方不明になったりすることがあります。こうなると法的には消費者が支払い済みの金銭を返してもらう権利があったとしても、回収することは困難です。だからこそ、契約は慎重にすることが重要です。

事例2
誰でももうかるって…、マジかよ!?
〜もうけ話のトラブル(マルチ商法)〜

もうけ話のトラブルに関するイメージ画像
ストーリー

ソウタは、バイト先の先輩から「誰でも簡単に儲かる方法を教えてあげる」と誘われて、一流ホテルで「すごい人」に会わせてもらいます。「すごい人」から「誰でも簡単に儲かるノウハウの入ったUSBメモリ(情報商材)」の契約を勧誘されたソウタは、学生ローンで借金して契約してしまいます。ソウタはUSBメモリのとおりに投資すれば確実に儲かる、友達にUSBメモリを販売すると利益が得られるという話を信じてしまったのです。契約書も領収書ももらいませんでした。しかし、USBのとおりに投資しても全く儲かりません。借金の返済に困った結果、友達を勧誘して手数料を得ようとしますが、誰も契約してくれません。解約してお金を返してほしいのですが、契約相手の会社はわからず、「すごい人」の連絡先も知りません。SNSでしか繋がっていないバイト先の先輩とも連絡が取れなくなり…。

【被害防止のポイント】

ウマイ話は信じない!

事例では、バイト先の先輩の「簡単に誰でも儲かる」という話に興味を持ったことからトラブルに巻き込まれます。そんなウマイ話はあるはずがないと疑ってみることが大切です。

安易に借金してまで契約しない!

事例では、お金がないと言ったソウタに学生ローンを勧めます。ソウタは、「みんな使っている」「すぐに返せる」という言葉を信じ、返済できるかどうか考えずに学生ローンを利用してしまいます。学生ローンは借金です。いったん借りてしまうと金利の負担が大きく、返済が極めて大変です。借金してまで契約する必要があるか慎重に考えることが重要です。

紹介料を得るために友達を勧誘しない!

事例では、借金を返すために友達を勧誘しますが、だれも契約してくれません。それどころか、人間関係を壊してしまいます。儲からないことがわかっていながら、嘘をついて友達を勧誘することは絶対にしてはいけません。被害者だったはずが、いつの間にか加害者になってしまいます。

◆契約は慎重にすることが重要◆

大学生を中心に事例のように「簡単に儲かる」「友達に売れば紹介料が入る」「借金もすぐに返済できる」などと勧誘するマルチ商法の被害が多発しています。マルチ商法は、親しい人から誘われて断りにくく、その場の雰囲気で契約してしまいがちですが、必要がない契約はきっぱりと断る勇気が必要です。

この事例で最も深刻なことは、契約書も領収書ももらっていないため、契約相手がわからないことです。これでは、解約したくても、誰に連絡をして、誰からお金を返してもらえばいいかわかりません。SNSで連絡が取れれば十分だと考える人もいますが、アカウントを削除されてしまえば連絡が付かなくなります。「住所・正式な会社名(個人の場合は氏名)・電話番号」を確認することが重要です。

事例3
タイムセール3,980 円、残りわずか!
〜インターネット通販のトラブル〜

インターネット通販のトラブルに関するイメージ画像
ストーリー

スマホで「タイムセール残りわずか」と書かれたスカートを見つけたユカ。気に入らなければクーリング・オフすればいいと考え、すぐに注文します。ところが、届いた商品はスマホの画面で見たものとはイメージが違っていました。返品したいとメールしますが、「返品できない。利用規約で決まっている」との返事が…。

【被害防止のポイント】

返品条件、送料などの購入条件を必ず確認しよう!

事例では、クーリング・オフできると思い込み、返品条件などを確認せずに注文をしたため、トラブルに巻き込まれます。インターネットに限らず、通信販売にはクーリング・オフ制度はありません。「返品不可」と表示されていれば、商品のイメージが違っていても返品できないのです。通信販売は、広告面に返品の可否・条件などを表示することが義務付けられています。注文する前に、返品条件などの購入条件を必ず確認することが大切です。

販売事業者の情報を必ず確認しよう!

通信販売は、事業者名や住所、電話番号などの項目を必ず表示することが法律で定められていますが、事例では、電話番号の記載がありません。法律を守っていない事業者は、安心して取引できる事業者とは言えません。

◆契約は慎重にすることが重要◆

ネット通販は、相手事業者がどのような事業者なのか知らず、商品の現物を見ないで、広告の表示だけを頼りに契約する取引です。写真やキャッチコピーに惑わされてはいけません。注文する際には、必ず購入条件をよく読み、商品の代金、送料、支払い方法など、確認しましょう。なお、注文時に商品や契約内容画面の写真を撮っておくと、後でトラブルになったときに役立ちます。

3.契約とは

契約とは、法律で保護された約束を意味します。契約をしたら、契約の当事者は契約内容を守る義務が生じます。もし契約相手が契約を守らなければ、そのために被った損害を賠償することを裁判所に求めて、強制してもらうことができるということです。

民法には、契約自由の原則という契約に関する基本的な考え方があります。

  • 〇契約相手を選ぶ自由(信用できる相手か)
  • 〇契約内容を決める自由(納得できる内容か)
  • 〇契約の様式を決める自由(契約書を作成するか否か)
  • 〇その契約を締結するか、しないかを決める自由

これらの考え方をもとに、本当に自分にとって必要な契約かを十分に検討し、必要のない契約は、当然断ってよいのです。契約しないことを相手に説得する必要はありません。

今回取り上げた3つのトラブル事例はすべて契約に関する事例であり、DVDの最後には、「契約するときに大切なこと」という項目を設け、契約についての基本的な考え方と注意点をまとめています。是非ご覧ください。

4.最後に

現在私は大学の教員を務めています。一人暮らしを始めた大学生から、「新聞の訪問販売で10月から1年間の契約をしたが、解約したい」という相談を受けました。この時、学生は、「自分は勧誘されても断わることができる絶対の自信があり、被害にあう人は、弱いんだと思っていた。」「威されたわけではないのに、いつの間にか契約することになってしまった。自分でもびっくりした。」と言っていました。

高校生は、経験が不十分であるにも関わらず、これまでさまざまな場面で守られてきたために根拠のない自信を持ち、消費者被害は自分には無縁だと思いがちです。自分のこととして考えてやってみる学習が重要です。