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近年、住宅や職場や学校等の建物の高気密化が進むに従って、建材、壁紙や塗料等の内装材、家具などから発生する化学物質等による室内空気汚染により、そこで生活・活動する方々が健康障害を訴える事例が多数報告されています。具体的な症状としては、目・鼻・口・喉等の乾燥、刺激感、涙目、鼻水、せき等の粘膜症状のほか、めまい、吐き気、嘔吐、頭痛、疲れやすい、皮膚の紅斑・じんましん・湿疹・かさつき等の全身症状があるとされていますが、一様ではなく、人によってさまざまであること、症状発生の仕組みをはじめ未解明の部分も多く、さまざまな複合的な要因が考えられることから、「シックハウス症候群」と呼ばれています。わが国では、1990年代から問題となりました。国民生活センターが平成10年に発表した報告書によると、シックハウス症候群とみられる症状に関する相談件数及び危害発生件数は、平成6年度以降急増しています。
欧米ではシックビル症候群と呼ばれており、1980年代から問題となりました。シックハウス症候群はシックビル症候群から転じた和製造語です。
前述のとおり症状発生の仕組みは十分に解明されていませんが、問題のある室内環境から離れると症状が軽くなったり、消えたりします。原因としては、化学物質だけではなく、カビやダニなども指摘されていますが、本稿においては、主に化学物質によるものについて述べます。化学物質による場合を狭義のシックハウス症候群ということもあります。
なお、シックハウス症候群と似た健康障害に化学物質過敏症と呼ばれるものがあります。これは、多量または長期間化学物質にさらされた人が、後に、一般人に有害と言われているよりはるかに低濃度の化学物質に対しても体が過敏に反応して、多様な健康障害が出現するようになる状態をいいます。特定の化学物質に過敏になった人が、それ以外の化学物質に対しても過敏になり、次第に過敏症を引き起こす化学物質の種類が増え、症状も重くなることも多々あります。シックハウス症候群を契機として化学物質過敏症を発症する人もいます。
わが国では、各省庁において、平成12年からシックハウス対策が検討され、厚生労働省は平成14年までに、原因となりうる揮発性有機化合物(Volatile Organic Compounds:VOC)のうち生体への影響が大きいものとして知見の多い13物質について、下記の表のように室内濃度指針値を定めました。
揮発性有機化合物(VOC) | 室内濃度指針値 | 測定対象物質 |
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①ホルムアルデヒド | 100㎍/㎥(0.08ppm) | ○ |
②アセトアルデヒド | 48㎍/㎥(0.03ppm) | ○ (※2) |
③トルエン | 260㎍/㎥(0.07ppm) | ○ |
④キシレン(※1) | 200㎍/㎥(0.05ppm) | ○ |
⑤エチルベンゼン | 3800㎍/㎥(0.88ppm) | ○ |
⑥スチレン | 220㎍/㎥(0.05ppm) | ○ |
⑦パラジクロロベンゼン | 240㎍/㎥(0.04ppm) | |
⑧テトラデカン | 330㎍/㎥(0.04ppm) | |
⑨クロルピリホス | 1㎍/㎥(0.07ppb) 小児の場合 0.1㎍/㎥(0.007ppb) |
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⑩フェノブカルブ | 33㎍/㎥(3.8ppb) | |
⑪ダイアジノン | 0.29㎍/㎥(0.02ppb) | |
⑫フタル酸ジ-n-ブチル(※1) | 17㎍/㎥(1.5ppb) | |
⑬フタル酸ジ-2-エチルヘキシル(※1) | 100㎍/㎥(6.3ppb) |
これらの個別VOC指針値はリスク評価に基づいた健康指針値であり、その濃度以下であれば通常の場合そのVOCは健康への悪影響は起こさないと推定された値です。しかし、その濃度以下であればその空気質が快適で安全ということではありません。実際には多数のVOCが存在することから、他のVOCについても順次健康指針値を決めていかなければならないと考えられます。それには多大な時間を要しますし、その間に指針値を決めていない有害物質による汚染の進行を防ぐ必要があることから、VOC全体としての空気中濃度の目安を示して、個別VOC指針値を補足することが重要です。そこで、上記13物質の個々の指針値とは別に、室内空気中の総揮発性有機化合物(Total Volatile Organic Compounds:TVOC)の暫定目標値(400㎍/㎥)も設定しました(TVOCには上記13物質も含みます)。
いずれも揮発性有機化合物に限ったのは、居住環境において気体であるため、固体や液体と異なり、口に入れたり触れたりといった意図的な行為がなくても生体に作用してしまうものだからです。数値は確定的なものではなく、適宜見直すこととされ、平成31年1月、キシレン(④※上記表中の番号を示しています。以下同じ。)、フタル酸ジ-n-ブチル(⑫)、フタル酸ジ-2-エチルヘキシル(⑬)の3物質について、より厳しいものに改められました。
国土交通省もシックハウス対策のための規制を導入し、平成15年7月に改正された建築基準法が施行されました。同法の改正内容は次の3点です。㋐全ての建物の居室におけるホルムアルデヒドの使用が制限されました。㋑有機リン系のシロアリ駆除剤であるクロルピリホスの使用が禁止されました。㋒換気設備を設置することや天井裏などから居室へのホルムアルデヒドの流入防止措置をとることが義務づけられました。また、住宅の品質確保の促進等に関する法律(平成12年4月1日施行)に基づいて運用が開始された住宅性能表示制度においては、当初、ホルムアルデヒド(①)、トルエン(③)、キシレン(④)、エチルベンゼン(⑤)、スチレン(⑥)の5物質について実測による評価方法基準を定めていましたが、建築基準法の改正を受けて、測定対象物質にアセトアルデヒド(②)が追加されました。
シックハウス症候群は、当然学校でも問題となりますので、文部科学省も対策を講じており、実態調査、専門家による研究会の開催、「学校環境衛生の基準」の改訂等を行っています。また、各都道府県の教育委員会でも対策を検討し、手引きを公表するなどしています。
その他に、農林水産省、経済産業省でもさまざまな規制措置を定めています。
平成15年の改正建築基準法の施行により、ホルムアルデヒドによる被害は大幅に減少しました。しかし、決してシックハウス症候群の問題がなくなったわけではなく、今でも被害は発生し続けています。
下記の表を見ると、平成21年以降は減ったり、増えたりといった状態が続いていることがわかります。
公益財団法人 住宅リフォーム・住宅紛争支援センターに寄せられたシックハウスに関する相談件数
また、建物だけでなく、カラーボックスやベッドやソファーなど家具からの化学物質の放散による被害も関係省庁等に多数報告されています。
公共の建物でも被害が発生しています。国立保健医療科学院の報告書によれば、平成19年1月に北海道の小学校の新築校舎で当該小学校の全児童17名中10名、及び教職員9名中3名がシックハウス症候群に似た症状を訴えたため、対策が講じられたということです。新聞等で報道されたものでも、大阪の大学における平成20年に完成した研究棟、平成22年7月に新築された衆参両院の議員会館、同年に大規模改修工事が行われた岩手県の小学校校舎などで被害が発生しています。
これらの被害で特徴的なのは、原因として疑われた化学物質が、指針値の定められたもの以外のものであったことです。北海道の小学校において高濃度で検出されたのは、1-メチル−2-ピロリドン及びテキサノールという化学物質でした。衆参両院議員会館では、TVOCが基準値である400㎍/㎥を大きく超えた902 〜 2452㎍/㎥でしたが、測定対象物質5物質については、指針値を大幅に下回っていました。大阪の大学や岩手県の小学校でも測定対象物質の濃度は指針値以下でした。
近時の裁判例としては、東京高裁平成24年10月18日判決があります。これは、ある大学の研究センターの仮設棟で勤務していた助手が、この建物の室内環境が原因でシックハウスまたは化学物質過敏症に罹患したとして、損害賠償等の請求をしたものです。第一審では、特定の高濃度の物質が検出されなかったこと等を理由に、この建物が原因であることが認められませんでしたが、控訴審である東京高裁では、他の教職員や学生も仮設棟への移転直後から体調不良を訴えていたこと、TVOCの値が大幅に基準値を超えていたこと等から、建物が原因であるとして、大学の安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求が認められました。
化学物質は、建材や内装材だけでなく、家具、家庭用品、文具、事務用品、書籍、書類などあらゆるものに含まれています。私たちの生活は、化学物質に依存しており、その傾向はますます高まっていくと解されます。
学校における日常の対策としては、まずは、児童生徒の健康管理が重要です。シックハウス症候群の症状は、他の疾病等でもみられる一般的な症状として現れますので、看過してしまう恐れがあります。生徒が容易に先生方に体調の変化を相談できる環境を作ることも大切です。また、教室等における換気を徹底すること、授業で用いる接着剤、塗料、実験用薬品などの管理を徹底することも大切です。さらに、定期的に室内環境の測定をすること、施設の改築や改修、新たな備品を購入した際には、特に注意をする必要があり、臨時で測定をすることも重要です。
これらの注意事項や対策については、東京都教育委員会が発行している「都立学校における室内化学物質対策の手引〈第2改訂版〉」にも詳しく記載されていますので、ぜひ参照してください。
重大な被害が発生することを防止するためには、シックハウス症候群に対する理解を深め、早めに対策をとることが重要です。