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小学1年生の私の息子は、朝6時に目覚まし時計が鳴り響く中(実際には私に起こされて)起床し、朝ごはんを食べ、歯を(たまに)磨き、(手伝ってもらいながら)着替えを済ませ、(急かされるように)家を出て、電車に乗って学校へ向かいます。このとき、目覚まし時計、朝ごはん、歯ブラシ、服、電車の定期券などは、もちろん親である私が購入したものです。しかし、それらを実際に「消費」しているのは息子自身です(目覚まし時計はあまり役割を果たしていませんが…)。つまり、本人が直接お金を使っているわけではありませんが、彼も立派な「消費者」です。
このような子どもの日常の消費行動の背景にも、大人と同じように複雑な心理プロセスが存在します。たとえば、ドラッグストアではたくさんの歯ブラシの中から、好きな色やデザインを比べて選ぶという意思決定をしています。また、定期券を使って電車に乗る経験を通して、それがお金と同等の価値を持つことや、前払いの仕組み(いわゆる契約)を少しずつ理解しています。そして、目覚まし時計については、キャラクターに惹かれて買ってもらったものの、あまり役割を果たしていないことに後悔しているかもしれません。このような「事前評価」「意思決定」「契約の認識」「事後評価」は人間の心理プロセスそのものであり、年代を問わず消費行動に共通する基本要素です。
本稿では、こうした消費行動の背景にある人間の基本的な心理プロセスを概説し、児童・生徒のうちにそれを知っておくことの重要性について、心理学者としての意見を示したいと思います。
私たちの目や耳には、絶えず膨大な情報が入力されています。しかし、脳には処理できる容量に限界(認知的限界)があるため、すべてを同じように認識することはできません。したがって、脳はそのときに必要な入力情報に対して選択的に注意を向け、不必要な情報を無意識のうちに排除しています。日常生活の多くの場面では、こうした注意による選択と排除が自動的に行われることで、私たちの認識が成立しています(Mack & Rock, 1998(ⅰ))。たとえば、著者自身、パソコンでの作業に集中していると、窓の外で雨が降り出していてもまったく気がつかないことがあります。視野に入っているはずの情報でも、注意によって選択されなければ認識には至りません。つまり、同じ場面で同じ入力情報があっても、何に注意を向けるかによって、認識は個人内でも、また他者との間でも大きく異なります。
このことは、事業者が情報を提示したからといって、消費者がそれを正しく認識するとは限らないことを意味します。たとえば、広告では大きく目立つキャッチコピーやアニメーションには注意が向けられやすい一方で、周辺の文字情報や重要な注意書きは見落とされがちです。実際、警告表示や免責条件、いわゆる打ち消し表示は記載されていてもほとんど認識されない可能性が報告されています(Higginset al., 2014(ⅱ); Thomsen & Fulton, 2007(ⅲ))。こうした人間の認知特性を逆手に取り、消費者に不利な情報を目立たない形で提示することで、消費者の認識とは異なる(いわゆる誤認に基づく)契約へと誘導する悪質なケースも問題視されています。
人間の認知的限界は、入力と認識のずれを生むだけでなく、必ずしも合理的とはいえない意思決定を引き起こします(認知バイアス)。認知バイアスは、人間が無意識のうちに陥りやすい判断の偏りです。たとえば、家電量販店で冷蔵庫を選ぶとき、私たちは店内のすべての商品を比較検討することは不可能です。多くの場合、価格やデザイン、一部の機能といった限られた情報に基づいて判断します。その方が心理的な負担を減らせるからです。しかし、情報のごく一部だけに依存した判断は、必ずしも最適な選択とは限りません。
人間にはさまざまな認知バイアスが備わっていますが、共通しているのは経験則や直感を駆使して心理的な負担を軽減している点です。紙幅の都合でここでは一部しか紹介できませんが、たとえば、スーパーマーケットで値引き前の価格が表示されていると値引き後の価格がより魅力的に感じられる、というものがあります(アンカリング効果)。これは、消費者が値引き前の価格を自動的に基準として設定して、値引き後の価格を比較・評価しやすくしている、という心理プロセスを反映しています。
他にも、3つの価格帯があると中間のものを選びやすい(松竹梅効果)、「期間限定」「今だけ」「残りわずか」などの表記に惹かれる(希少性の原理)など、人間の判断は文脈に大きく依存します。つまり、私たちは周辺情報を手がかりにして商品の価値を推測し、意思決定します。したがって、認知バイアスに基づく意思決定は、商品の価値そのものではなく、周辺情報によって左右される歪んだ判断といえます。
認知バイアスは、論理的な分析を省略しているため、消費場面で最適とはいえない判断を引き起こすことがあります。したがって、息子にとっての目覚まし時計のように「不要なものを買ってしまった」という結果だけを見ると、認知バイアスは「誤判断を生む悪い心理」や「人間の思考のエラー」などと捉えられがちです。実際、認知バイアスはしばしば人間の「脆弱性」として言及され(消費者庁、2025(ⅳ))、ネガティブな側面が強調される傾向があります。
しかし、認知バイアスは人間の認知的限界の中で働く、環境への適応的な方略です。私たちは日々、膨大で複雑な情報に囲まれています。すべての情報を精査するには時間も心理的な負担もかかります。たとえば、家電量販店ですべての冷蔵庫の情報を比較検討していたら、選ぶのに1日かかってしまいます。したがって、人間は限られた手がかりや印象的な情報を頼りに判断を簡略化する優れた能力を持っています。結果的に誤判断につながる場合があっても、その過程自体は情報を素早く認識するために必要なものです。
現代では特に、SNSやオンライン広告により、大量の情報が断片的に提示されます。数秒ごとに新しい広告が流れ込む環境では、私たちはどうしても目立つ言葉やデザインに惹かれ、判断を簡略化します。これは注意力や自己管理能力の問題ではなく、人間の心理プロセスから見れば当然の反応であり、避けることが難しい自動的な反応でもあります。
重要なのは、こうした適応的な方略が常に最適とは限らず、誤判断につながる場合があることを知っておくことです。したがって、消費者教育においては、認知バイアスを起こさないように個人の努力を促すのではなく、「誰にでも自動的に起こり得るもの」という前提のもと、その影響を理解・自覚する力を育むことが求められます。
そして、人間の判断が認知バイアスの影響を受ける、という可能性を知ることは「なぜ自分はその商品を選びたくなったのか」「なぜその広告に惹かれたのか」といった振り返り(メタ認知)を促します。これは、児童・生徒が消費場面において批判的かつ柔軟に対応できる力を身につけることにつながると考えられます。
本人なりに理由があって意思決定したと認識していても、その理由は実は一時的で曖昧だったりします。先行研究では、2人(A、B)の顔写真から好みの顔を選ぶという心理実験が行われました(Johanssonet al., 2005(ⅴ))。参加者が1人(A)を選んだ後(図の上段)、実験者は2枚の顔写真を伏せて、選んだ顔写真を参加者に渡しました(図の中段)。このとき手品のトリックを使って、実際には参加者が選んでいない方の顔写真(B)を渡しました(図の下段)。結果として参加者は、受け取った顔写真(B)が自分の選んだ好みの顔であると錯覚しました。しかも、実験者から「なぜその顔を選んだのか」と問われると、最初に選んだ顔写真(A)ではなく、手元にある顔写真(B)に合致した特徴を理由として回答しました。
購買行動でも同様に、選択理由が一時的で曖昧である可能性があります。実際、私の息子も、色が気に入って歯ブラシを選んだはずなのに、購入後にはその色を覚えていないことがありました。この場合、消費者にとっての「購入理由」は、その場で説明できるものであればなんでもよいということになります。だからこそ、広告・勧誘などで与えられたその場でのもっともらしい理由に流されるのではなく、その商品・契約が本当に自分にとって価値があるかどうかを見極める力が求められます。
引用文献(Johansson et al., 2005(ⅴ))を基に著者が作成
心理学の学習理論に「動因低減理論」というものがあります。これは、人間は動因と誘因がそろってはじめて行動する、というものです。簡単に言えば、動因は内的な欲求状態(空腹など)で、誘因は行動を促す外的な刺激(食べ物など)です。たとえば、空腹時に目の前に食べ物があって、はじめて「食べる」という行動が起きます。消費者教育に置き換えると、どんなに素晴らしい教材(誘因)が用意されていても、児童・生徒にやる気(動因)がなければ学習は成立しません。
学校での消費者教育というと、将来の家計管理やお金の使い方など、金銭面の教育をイメージしがちです。しかし、多くの児童・生徒は、自由にお金を使える立場にありません。その中での「お金や制度」を軸にした消費者教育は、児童・生徒にとってリアリティを感じにくく難しいものです。現実味のある課題設定と準備が必要になります。
冒頭で述べたように、彼らは日常生活の中で商品を選び、使い、評価するという意味で、すでに現役の「消費者」として行動しています。したがって、消費者教育を将来への備えとしてのみ実施するのではなく、認知バイアスの体験を通して、現在の消費行動の根底にある心理プロセスに目を向けさせるために実施することが重要だと思います。児童・生徒が消費行動を身近に捉えることで、動因が刺激され、消費者教育がより有効に機能すると考えられます。
児童・生徒が、人間の心理プロセスを理解し、自らの意思決定や行動を疑い、客観的にとらえる力(メタ認知)を育むことが、消費者教育にとって重要です。これまで概観してきたように、消費行動に特異的な心理プロセスがあるわけではありません。人間の基本的な心理プロセスが消費行動の根底にあります。したがって、消費行動を理解することは、人間理解につながります。
消費者教育の教材や市民講座で謳われるような「かしこい消費者」や「だまされない消費者」を目指した教育は、将来のトラブルを防ぐ上で一定の意義があると思います。しかし同時に、「失敗のない買い物」が本当に豊かな生活か、という疑問も残ります。私自身、一度しか着なかった服や使い勝手の悪い家電、つまらない本などを買ったことがありますし、無駄なアプリに数ヶ月間課金して後悔したこともあります。しかし、その積み重ねによって自分の価値観や好みが形成され、結果的に現在では満足度の高い購買・契約が可能になっています(それでも失敗しますが…)。
認知的限界を超越したAIが消費者の嗜好を分析し、最適な商品を提案してくれる現代において、「選択と失敗」のプロセスは軽視されがちです。しかし、迷い、選び、後悔することこそ、人間の学習です。自分の欲求や判断を言語化し、心理プロセスを自覚することは、将来の消費生活だけでなく、人生に確かな自立をもたらすはずです。
人間は失敗から学びます。だからこそ、消費者教育の目的は、すべての失敗を避けさせることではなく、安全に失敗し、その理由を自ら振り返り、次に生かす力、すなわちメタ認知を育てることにあると考えられます。重大な金銭トラブルは防ぎつつ、軽微な失敗はむしろ貴重な学習機会として位置づけることが重要です。そして、この「安全な失敗」は、児童・生徒が家庭や学校に守られている今だからこそ経験できることです。
消費行動やその失敗を通して、人間を理解し、自分を理解することが、児童・生徒が「消費者」として将来に向けて身につけるべき素養だと私は思います。息子が次にどのような目覚まし時計を選ぶのか、あるいは「もういらない」と言い出すのか、今から楽しみです。