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成年年齢引下げを踏まえた消費者教育の進め方

玉川大学 教授 樋口雅夫

1はじめに

2022年4月、改正民法が施行され、成年年齢が20歳から18歳に引き下げられました。この成年年齢引下げを見据え、中央省庁では、実践的な消費者教育の実施を推進するため、消費者庁、文部科学省、法務省、金融庁が連携し、2018年より「若年者への消費者教育の推進に関する4省庁関係局長連絡会議」を開催して啓発に努めています。

特に、「若年者への消費者教育の推進に関するアクションプログラム」による取組推進、「成年年齢引下げに伴う消費者教育全力」キャンペーンの取組推進などにおいては、成年年齢引下げに伴う消費者被害の未然防止のみならず、自立した消費者として、よりよい消費者市民社会を形成する担い手となることを視野に入れた消費者教育の実践も進められてきています。さらに、学校教育の場においては、新しい学習指導要領のもとで消費者教育の充実が図られています。

消費者教育に関する学習内容には、大人になる前に身に付けておくことが必要な事柄が多いため、小学生、中学生のうちから着実に、かつ系統的に学習を進めることが大切です。

そうした中、2022年3月に東京都消費生活総合センターでは、高校生に限らず中学生も活用できるWeb版消費者教育読本「大人になる君へ 社会で役立つ契約知識」を作成し、公開しています。

本稿では、まず初めに「18歳」をキーワードとして、学校教育の場、とりわけ高等学校においてはどのような学習指導が求められているのか説明します。次に、これからの時代に求められる消費者教育を効果的に進めるために、現場の先生方を支援したり、生徒の自学自習を促したりすることのできる教材の効果的な使い方について述べていきたいと思います。

2新しい学習指導要領のもとでの消費者教育

(1)社会の変化と学習指導要領の改訂

2018年、新しい高等学校学習指導要領が告示され、2022年度からの年次進行での実施が決まりました。図らずも、成年年齢の18歳への引下げと同じスケジュールになったのです。

学習指導要領とは、全国的に一定の教育水準を確保するとともに、実質的な教育の機会均等を保障するため、国が学校教育法に基づき定めているもので、小中高の各学校が編成する教育課程の基準となるものです。社会や子供たちを取り巻く環境の変化などに伴い、これまでおおむね10年に一度改訂されてきています。

今回の学習指導要領改訂の背景には、近年の人工知能(AI)の進化や、情報化・グローバル化など、社会の急激な変化があります。それに伴い、私たち消費者を取り巻く環境も激変しており、世界の金融市場や国際情勢などの日々の変化が、直接私たちの生活に響いていることを実感する毎日ではないでしょうか。

社会が激変する中で、消費生活の領域でも、悪質商法の手口は年々巧妙化しており「だまされない消費者」を育むことは今後も欠かせません。しかし一方で、学習指導要領では、「だまされない」だけでなく、自立した消費者、消費者市民社会の形成に資する消費者を育むことも、併せて期待されています。これからの時代には、消費者行政や消費者教育の専門家が、学校と連携・協働して未来の社会を担う「18歳の大人」を育んでいくことが求められています。

(2)高等学校公民科の新科目「公共」とは

2022年から始まった高等学校公民科の新科目「公共」は、高校1年または2年のうちに必ず履修する科目として新設されました。公民科(あるいは社会科)と聞けば、世の中のさまざまな制度や仕組みを理解する学習が中心で、政治や経済などの難しい内容を扱う教科、というイメージが強いかもしれません。

しかし、「公共」は、現代社会の諸課題の解決に向け、自己と社会との関わりを踏まえ、社会に参画する主体として自立することや、他者と協働してよりよい社会を形成することなどについて、生徒の日常の社会生活と関連付けながら具体的に考察する科目、とされています。また、これまで家庭科に比べると扱いが少なかった消費者教育の内容が充実しており、公民科と家庭科を車の両輪として、高等学校における消費者教育の充実が図られているのです。

例として、「公共」の学習内容や授業イメージを具体的に見てみましょう。以下、『高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 公民編』に示された内容を再構成したものとなります。

消費者教育に関する学習内容としては「多様な契約及び消費者の権利と責任」が挙げられます。この内容は、例えば、①授業のはじめに教師が、適切に締結された契約の事例とそうでない事例を提示し、「どのような場合に、契約が当事者の自由な合意とはいえないか」、「なぜ契約自由の原則には例外が存在するのか」、「どのような点に気を付けて消費活動を行えばよいか」といった具体的な「問い」を生徒に投げかけます。②次に、生徒はグループで話し合いながら、自分たちなりの「問い」に対する答えを考え、クラスで発表します。③そして教師は、生徒の発表を取りまとめ、「消費者は、情報の非対称性や自らの経済状況などのために、熟慮に基づく自由な意思により契約することができない場合があること、そのために、消費者を守るための法的規制や行政による施策が行われていること」について説明します。④最後に生徒が、ワークシートに授業の感想(意見)を書く、といった授業の流れが考えられます。

ここまでの授業を受けてきた生徒は、「18歳となる私たちは、消費者として保護されるだけの存在ではなく、自身の権利や利益を守り、責任をもって契約を結ぶことのできる自立した主体(消費者)になることが大切だ」などと記述できるようになるでしょう。「さっそく次に買い物をするときから心がけたい」と記述する生徒もいるでしょう。また、授業のまとめとして、教師がエシカル消費の考え方やフェアトレードについて補足することも有効かもしれません。クラスで協働して学び、消費者としての選択や契約の重要性を理解した生徒たちが、自身の消費行動がよりよい社会の形成にもつながっていることに気付くことが期待されます。

(3)専門家との連携を図り消費者教育の充実を

「公共」の授業では、消費生活相談員などの専門家に、学校へゲストティーチャーとしてお越しいただき、専門家の視点で生徒にアドバイスしていただくことも効果的でしょう。また、実践的に課題に取り組むことを教科の特徴とする家庭科の授業とつなげて、「公共」で学んだことを家庭科の授業や日常生活で実践してみる、といった体験的な活動も有効でしょう。

なお、これまで消費者教育の中核を担ってきた家庭科の授業は、社会の変化に伴って求められる指導内容が高度化しています。

例えば、「家庭基礎」では、「持続可能な社会を目指して主体的に行動できるよう、安全で安心な生活と消費について考察し、ライフスタイルを工夫すること」といった学習内容が示されています。そして、「家庭総合」では、「生涯を見通した経済計画を立てるには、教育資金、住宅取得、老後の備えの他にも、事故や病気、失業などのリスクへの対応策も必要であることについて理解し、預貯金、民間保険、株式、債券、投資信託等の基本的な金融商品の特徴(メリット、デメリット)、資産形成の視点にも触れながら、生涯を見通した経済計画の重要性について理解できるようにする」ことが目指されています。

しかし、学校業務の多忙化が指摘される中で、いくら社会的要請であり、必要な教育活動であるとはいえ、その全てを学校現場の先生方のみの責任で実現してもらう、ということは不可能です。そこで、ゲストティーチャーにより消費者教育の授業を実施することに加えて、副教材を作成して使っていただく、などといった、消費者教育に取り組む先生方を支援する方法が、一層大切になってくると考えます。

3期待されるWeb版教材の効果的な使い方

「はじめに」で紹介したWeb版消費者教育読本「大人になる君へ 社会で役立つ契約知識」(注)は、全3章からなるWeb版教材と、授業展開例・ワークシート、解説書から構成されています。その中心となるのがWeb版教材です。

Web版教材は、PC、タブレット端末、スマートフォンなど、さまざまな媒体で閲覧できるため、指導される先生方だけではなく、生徒自身が自学自習に活用することができます。

このうち「第1章 契約ってなに?」では、契約自由の原則を理解させ、契約が成立すると、その効力として、当事者にはお互いに法律的な権利と義務が発生することを学習できるようになっています。「第2章 契約は守るもの!だけど」では、一旦結んだ契約を取り消すことのできるケースなどを学習した上で、消費者被害の防止にもつなげられるよう、工夫されています。公民科「公共」の授業などで活用すると効果的でしょう。

また、家庭科の授業であれば、「第3章 若者に多い契約トラブル事例」から学習することも効果的です。その際、公民科「公共」の授業で、すでに第1章と第2章を扱っていれば、円滑に教科間連携ができ、生徒の学びが深まると思います。逆に、家庭科を先に学習する学校であれば、具体的な契約トラブルの解決策をしっかりとおさえた上で、公民科「公共」での契約に関する知識・概念の深い理解につなげることも考えられます。

さらに、家庭科や公民科といった教科学習に加え、特別活動などの時間を使って学年全体で消費者教育を進めることもできます。「百聞は一見にしかず」とのことわざ通り、まずは消費者教育に携わる一人一人の方が、本Web版教材を閲覧してみることを期待します。未成年者取消権を行使できない私たち「大人」にとっても、これからの時代に必要不可欠な知識をアップデートすることが求められているのです。

(注)東京くらしWEBに掲載しています。
令和3年度作成Web版消費者教育読本 「大人になる君へ 社会で役立つ契約知識」(付属資料付き)