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消費者被害は、時代の環境に応じて変化し、さまざまなタイプのトラブルが発生します。例えば、最近では、スマートフォンの普及によるSNSを通じたトラブルや高齢者をターゲットとする悪質商法の拡がりなどが特徴的です。
新しい被害への対応や事業者の脱法行為を防止するために、必要に応じて消費者保護のための法律が作られたり、改正されたりします。最近も法改正の動きが活発で、特定商取引法と消費者契約法で重要な改正が行われました。
本稿では、まず、第2、第3でこれらの改正法について説明するとともに、第4で今年成立した改正民法の成年年齢引下げによる消費者被害への影響について触れることとします。
特定商取引法(旧称「訪問販売法」)は、トラブルが特に発生しやすい取引類型について規制する法律です。現在、規制の対象となっている取引類型は以下の7つです。
特定商取引法はこれらの取引について、事業者への規制(勧誘規制、書面交付義務、広告規制など)を定め、違反すると行政処分や場合によっては刑罰を課すこととしています。また、契約関係を解消するためのクーリング・オフや取消権、中途解約の精算方法など、直接消費者と事業者との間の法律関係を定める規定(「民事ルール」と呼ばれます。)も定めています。
特定商取引法はその時々の被害実情に対応して頻繁に改正されてきましたが、最近では平成28年に改正が行われ、平成29年12月1日に施行されました。
その概要は以下のとおりです(同時に改正された政省令の内容も含みます)。
(→ 後記3(1))
訪問販売等の規制対象については、平成20年の大改正で商品と役務の政令指定制が廃止され限定が無くなりましたが、今回の改正で権利についても指定制を廃止し、「特定権利」として整理して規制対象を拡大しました。
契約締結の際に事業者が消費者に借金を勧めたり強要する被害が多いので、訪問販売などの際に、資金の借入で虚偽申告をさせたり、貸金業者の営業所やATMに連行することを禁止しました。
訪問販売などでは勧誘の際に不実告知があれば契約の取消しができますが、その行使期間について、気づいたときから6ヶ月を1年に伸ばしました。
FAXを送りつける通信販売広告の苦情が増加しているため、通信販売として規制する広告方法にFAXを追加し、請求や承諾を受けていない消費者へのFAX広告を禁止しました。
健康食品販売などのホームページで「お試し」「実質ゼロ円(送料のみ)」という広告を見て申し込んだところ、数ヶ月間の定期購入が条件になっていることが小さく書かれており、辞められずに2回目以降の支払いが続いてしまうという被害が多く寄せられているため、「定期購入」の場合はインターネットの確認画面上にその旨を表示することを義務づけました。
消費者がその日常生活において通常必要とする分量を著しく超える商品の売買をした場合(例:一人暮らしの高齢者が布団を10組購入)の解除権については、既に訪問販売で認められていましたが、電話勧誘販売でも導入することになりました。
(→ 後記3(2))
特定商取引法違反により業務停止命令を受けた法人の役員が別の法人を立ち上げて実質的に業務を継続する場合があるので、これらの役員などに対する業務禁止命令制度を創設しました。
業務停止期間の最長を1年から2年に伸長、罰則の引き上げなど、業者への法執行についての強化を図っています。
上記の特定商取引法改正事項のうち、特に若者の消費者被害に関係するものについて更に説明します。
アポイントメントセールスとは、勧誘目的を告げずに(例「当選したので賞品を取りに来て下さい。」)あるいは他の者に比べて著しく有利な条件で契約できる旨を告げて(例:「あなたは選ばれたので特別価格で購入できます。」)、店舗に来るように要請し、店舗で契約をさせる取引のことです。典型的な訪問販売とは異なり店舗での契約ではありますが、契約するつもりがないのに急に契約をすることになる点で不意打ち性があり訪問販売と共通性があるため、特定商取引法はこれを「訪問販売」の一類型とし規制対象としています。
アポイントメントセールスの連絡方法は、電話、郵便、メールなどに限定されていますが、急速に普及するSNSのメッセージ機能による連絡が今回の改正で追加されました。
なお、アポイントメントセールスの方法で一旦店舗に来させて対面した後、別の日に来るように再度要請した場合、アポイントメントセールスに該当するかが問題になりますが、勧誘目的を一切告げずに継続的に来訪要請をしている場合は、アポイントメントセールスにあたることが通達で明確化されています。
「特定継続的役務提供」とは、有償で継続的に提供される役務で、身体の美化、知識・技能の向上などの目的を実現させることをもって誘引が行われるもので、役務の性質上、その目的が実現するかどうか不確実なもの(しかも政令で指定するもの)を提供する取引です。役務の種類としては、エステティック、語学教室、家庭教師、学習塾、パソコン教室、結婚相手紹介サービスの6つが政令で指定されており、それぞれ1ヶ月超あるいは2ヶ月超の期間かつ5万円超の金額と決められています。
これに該当すれば、特定商取引法により事業者には書面交付義務や勧誘規制などが課され、クーリング・オフや取消権、中途解約時の精算金の規制、関連商品の解除などの適用があることになり、消費者が保護されることになります。
今回の改正では美容医療に関する相談が増加傾向にあるところから、美容医療が7つめの役務として政令指定されました。具体的には、脱毛、にきび・しみなどの除去、皮膚のしわ・たるみの軽減、脂肪の減少、歯のホワイトニングなどで、1ヶ月を超えかつ5万円を超える契約です。
若年者による高額な美容医療契約被害も見られるところであり、その被害救済や防止への効果の発揮が期待されます。
消費者契約法は、消費者と事業者との契約(消費者契約)について民事的効力のルールを定める法律です。契約関係の基本的なルールは民法が定めていますが、消費者契約には「消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差」があるため、これに配慮し、民法の特則として契約の取消しや無効の条項を規定しています。
例えば、契約の重要事項についての不実告知(事実と違うことを告げること)があったり、不確実な事項についての断定的判断の提供による勧誘(「必ず儲かる」など)によって消費者が誤認して契約した場合や、契約場所から退去させてもらえず困惑して契約した場合の契約の取消権が定められています。また、事業者の損害賠償の免除を定めた条項や信義則に反して消費者の利益を一方的に害する条項は無効とされています。
消費者契約法についても消費者被害の実情に応じた改正の必要性が指摘され、平成28年に改正法が成立し、平成29年6月3日に施行されました。内容としては、不実告知の対象となる重要事項の拡充や過量契約取消権の創設などです。
その後も、更に引き続き改正の必要性が検討され、平成30年に改正法が成立し、平成31年(2019年)6月15日に施行されることとなりました。
その概要は以下のとおりです。
困惑による契約取消の場合として下記の不当勧誘行為が追加されました。
(→ 後記3(1))
(→ 後記3(2))
高齢や認知症などで判断力が著しく低下した消費者に対して「この健康食品を食べないと健康が維持できない。」などと不安をあおって困惑させ、契約をさせる場合です。
「あなたには悪霊が憑いている。この数珠を買えば悪霊は去る。」などと不安をあおって困惑させ、契約をさせる場合です。
注文を受ける前に、売買対象のさお竹を切断するなど債務を履行してしまい困惑させて契約させてしまう場合です。断りにくい消費者心理を利用するものです。
不利益事実の不告知の取消権は、故意だけでなく重過失による場合でも認められることになりました。
契約が無効になる不当条項に下記が追加されました。
消費者に成年後見が付された場合に解除できる条項(例:賃借人に成年後見が付された場合に賃貸借契約を解除とする条項)は無効となります。
「当社が過失あることを認めた場合に限り損害賠償を負う」というような条項は実質的には事業者の一方的な免責条項にあたるので無効とすることになりました。
上記の消費者契約法改正事項のうち、特に若者の消費者被害に関係するものについて更に説明します。
消費者が、社会生活上の経験が乏しいことから、進学・就職や容姿・体型などへの願望の実現に過大な不安を抱いていることを知りながら、事業者が消費者の不安をあおって、裏付けとなる合理的な根拠がないのにその願望を実現させるためにはその商品やサービスが必要だとして勧誘し、消費者が困惑して契約をしてしまう場合の取消権が創設されました。
就職活動中の学生に対し、その不安を知りつつ「このままでは就職できない。この就職セミナーを受けることが必要。」としてセミナー受講を勧誘するような場合です。
若者が被害を受けやすい被害類型ですが、「社会生活上の経験が乏しい」かどうかは、その者の経験によって決まるので単に年齢によって決まるわけではありません。
消費者が、社会生活上の経験が乏しいことから、勧誘者に対して恋愛感情その他の好意を抱き、勧誘者も消費者に対して同様の感情を抱いていると誤信していることを知りながら、事業者がこれに乗じて、契約をしなければ消費者と勧誘者との関係が破綻することを告げ、消費者が困惑して契約をしてしまう場合の取消権が創設されました。
いわゆるデート商法の取消権です。男性から電話がかかってきて会って話しをするうちに好意を持つようになり気持ちを伝えたところ、男性から宝石展示場に来るように誘われ、契約してくれなければ関係は終わると言われて契約してしまったような場合です。
これも若者が被害を受けやすい被害類型ですが、「社会生活上の経験が乏しい」かどうかは、その者の経験によって決まり、年齢は無関係です。
以上のとおり、消費者保護法制は日々変化する被害実態に応じて細かい改正が行われていきますが、専門家でなければその詳細をフォローすることは困難です。
そして、細かい法改正や法解釈を習得するよりも、「契約」の意味や契約によって生じる責任について正確に理解し、安易に契約を締結しないことを十分に認識する方が格段に重要です。
そのような中で、成年年齢引き下げが具体化し、「契約」の意味や重要性・危険性を早くから認識する必要性が更に強まっています。
民法の成年年齢を20歳から18歳に引き下げる改正民法は、平成30年の通常国会で成立しました。平成34年(2022年)4月1日に施行されます。この引き下げによって、18歳・19歳の若者は民法の未成年者取消権を使えなくなり、若年者の消費者被害の拡大が心配されています。
未成年者取消権とは、未成年者が法定代理人(多くは両親)の同意を得ずに締結した契約について、未成年者であったことだけを理由に取り消せる権利です。これにより、未成年者が不用意に契約してしまっても、後で契約取消をして被害救済が可能です。また、事業者も取消しのリスクを避けてそもそも未成年者を勧誘しないので、未成年者取消権は消費者被害の「防波堤」という重要な役割を果たしています。
成年年齢引下げによって18歳・19歳の若年者が未成年者取消権を失うことになりますから、若年者を消費者被害から守るために別の施策が必要です。実は、政府は同じ国会で成立した上記の消費者契約法改正の不安をあおる商法やデート商法の取消権(第3・3)がこの施策にあたると位置づけています。しかし、これらの商法の被害は若年者に限られませんし、一方、若者の知識経験不足による消費者被害からの救済という視点からすれば極めて限定的な場面の手当に過ぎず、これでは全く不十分と言わざるを得ません。
もっと広く、知識・経験・判断力不足に付け込んで締結された消費者契約を取り消せる条項を設けるなどの手当が必要です。このまま施行日を迎えれば、契約の取消しの面ではほとんど何の施策も整備されずに成年年齢が引き下げられることになりますので十分な注意が必要です。
若年者の消費者被害は、社会経験や知識の乏しさ、判断力・交渉力が乏しいことを原因としており、特徴的なものとして、マルチ商法、キャッチセールス、エステ、インターネット取引などがあります。若年者は友人関係や上下関係などの人間関係の影響を受けやすく、被害が拡大する傾向があり、また被害に遭ったときの問題対応能力も乏しく、問題を抱え込んでしまい解決ができない傾向も見られます。
このような若年者の消費者被害のうち未成年者の被害については、上記の未成年者取消権が絶大な効果を持っていましたが、18歳・19歳についてはこれが失われてしまいます。
このような状況の中、若年者の消費者被害を防止救済するためには、まずは、若年者が契約の意味や責任を十分に理解することが重要です。
そして、被害に遭ったら抱え込まずに各地の消費生活センターに相談したり、全国共通の消費者ホットライン(188番〔いやや〕)に電話することも肝要です。個々の被害を相談することは、その事件の被害救済だけでなく、行政組織への情報提供となり、より良い法制度に繋がっていくことを理解することも重要なことです。