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気象データを活用した食品ロス削減の取組について

一般財団法人日本気象協会 先進事業課 古賀 江美子

食品ロスは、世界全体で注目が増している社会問題です。現在、日本で廃棄される食品は一年で約2759万トン、そのうち食品ロスは約643万トンに上ります(農林水産省平成28年推計)。これは世界中で飢餓に苦しむ人々に向けた食糧援助量の約1.7倍に相当します。2019年5月には「食品ロス削減推進法」が成立し、食品ロスは今後ますます注目される社会問題だと言えます。本稿では「気象」という視点から、どのように気象予測が食品ロスの削減に影響を及ぼすのかを紹介していきます。

1.気象変化が及ぼす消費行動への影響

人は知らず知らずのうちに気象の影響を受けて行動を変えています。消費行動は特に気温によって左右される傾向があり、暑くなると冷たいものを、寒くなると温かいものを欲します。これは体温を一定に保とうとするホメオスタシスという力が備わっているからです。気象はこのような人間の生理的機能に働きかけ、無意識のうちに消費行動に影響を与えています。人々の消費行動が変われば、消費者をターゲットとする企業にも影響が及ぶことは想像に難くないでしょう。

実際に「世界の1/3の産業は気象のリスクを抱えている」と言われており、電気やガスといったインフラだけではなく、食品や飲料の需要にも気象は大きく関わります。例えば、2018年の夏は東日本・西日本で記録的な高温になったことで、2017年の夏に比べてアイスクリームとスポーツドリンク等の売り上げが大きく伸びました(図1)。一方、2018年度の冬は暖冬となり、寒冬だった前年に比べてココア等の需要が減る結果となりました(図2)。

【図1】 2018年夏に前年より売上が伸びた商品(上位5品目)

1.アイスクリーム 2.スポーツドリンク 3.焼酎 4.ウィスキー 5.日本酒

【図2】 2018年冬に前年より売上が落ちた商品(上位5品目)

1.防水・はっ水剤 2.使い捨てカイロ 3.麦芽飲料 4.ココア 5.春雨・くず切り

2.変化する気象と食品ロスの関係

地球温暖化や都市化の影響を受け、日本の平均気温はここ100年で約1℃上昇、東京については約3℃も上昇しています。

気温の上昇に伴い、これまで経験したことのないような極端な気象現象も増えています。2018年6月29日、気象庁は関東甲信地方で統計史上最も早い梅雨明けを発表しました(2018年現在)。また同年夏は埼玉県熊谷市で最高気温が国内観測史上最高の41.1℃まで上昇するなど、記録的な暑さとなりました(2019年6月現在)。気候の変化により、今後もこのような極端な気象現象が増えることが予想されます。

一方で、食品メーカーなどの企業は主に前年の販売データや出荷数データ、これまでの知見を頼りに商品の需要予測を行い、その年の製造数や販売数を決めています。しかしそれらの予測には気象が考慮されていないことが多く、昨年と気象の傾向が異なった場合に作り過ぎによる食品ロスが発生してしまいます。このように気象変化は食品ロス発生要因の一つになっています。

3.食品ロスを削減するためのプロジェクト発足

「極端な気象現象の増加により、需要が読みづらくなっている」と聞くとネガティブなイメージを抱きますが、一方で気象は、「唯一物理学的に将来を予測できる」という最大の特徴を持ち合わせています。つまり、気象はうまく活用すれば敵ではなく味方になるということです。

日本気象協会では2014年度から2016年度にかけて3年間の実証実験を経て、2017年度から本格的に商品需要予測「eco×ロジ プロジェクト」(図3)をスタートしました。本プロジェクトはSDGsの「9.産業と技術革新の基盤をつくろう」「12.つくる責任つかう責任」「13.気候変動に具体的な対策を」を主に意識しながら、社会の持続可能な発展に貢献していきたいという想いで活動をしています。具体的には、日本気象協会が保有する気象データや気象の知見と企業が保有する出荷量や販売データ、価格などのデータを掛け合わせて分析することで、より高精度な「需要予測モデル」を開発しています。このモデルに気象予測を入れることにより導き出した需要予測をメーカー(造る)、配送(運ぶ)、小売り(売る)に提供し、需要と供給のズレを少なくすることで食品ロスやCO2の削減を目指しています(図4)。次に活動の事例を一部紹介します。

【図3】 eco×ロジ プロジェクトマーク

「eco×ロジ」マーク 出典:日本気象協会資料

【図4】 eco×ロジ プロジェクトの目指すイメージ

プロジェクトイメージ 出典:日本気象協会資料

4.気象データを活用した需要予測の成果

より高精度な需要予測を行うために、私たちが注目したのはTwitterの位置情報付きツイートデータです。過去のツイートデータと気象データをAIで分析することで「体感気温」を開発しました。例えば、東京の日平均気温とつぶやきを比較すると、7月上旬の25℃で「暑い」と感じる人に対し、8月下旬の25℃で「暑い」と感じる人の割合は少なくなっています。こうした実際の気温だけでは読み取れない消費者心理や体感の変化を加味することで、需要予測のズレを軽減することに成功しました。

「体感気温」を活用した需要予測の事例を紹介します。

賞味期限が長い麺つゆなどの季節商品は、季節の終わりに在庫が多く残ってしまうという特徴があります。A社の麺つゆの場合、夏の終わりの体感気温を加味して季節終盤の需要予測を行うことで、食品ロスを35%弱削減することができました。

B社の豆腐は需要が気温によって大きく左右され、その分食品ロスも多くなるという課題がありました。そこで、過去の気象データと豆腐の発注データを突き合わせて分析し、発注量予測を開発することで予測精度が約30%向上し、食品ロスの削減に成功しました。

5.食品ロス問題を解決するために

このように、気象データを活用した需要予測を企業の製造現場で用いることで、食品ロスを削減することができます。一方で、企業における気象データの活用はまだ浸透していないのが現状です。

また、食品業界においてはメーカーが商品の欠品を避けるために商品を作り過ぎる傾向があると言われています。

食品ロスを削減するためには、気象データの活用だけではなく商品を作り過ぎるという傾向や消費者一人一人の意識と行動の見直しが大切だと考えます。特に消費者の意識の変化は企業に大きな影響を与えます。消費者が食品ロスの問題を自分ごととして認識し、「欠品を受け入れる」、「今持っているものを大切に使う」、「本当に必要なものを考えて購入する」という意識を持つだけで企業側も「欠品を恐れて作り過ぎる」という文化を見直すのではないでしょうか。そして一人でも多くの人が社会問題に目を向け、自分で考えて行動していくために教育の現場はとても重要だと考えます。持続可能な社会にするためにも教育現場での積極的な発信を願っています。

また本プロジェクトでは現在企業側にフォーカスを当てて気象データの活用を提案していますが、今後は消費者に向けて啓発も行っていき、食品ロスやCO2削減の課題に取り組んでいきたいと考えています。

参考資料等

注)ホメオスタシスとは
生体が外部の環境の変化に対して内部環境を一定の状態に保とうする性質。(朝倉書店『栄養・生化学辞典』)